旅の途上で

私の旅の記録です

年末年始の瀬戸内(岡山・広島)旅行

この年末年始は3泊4日の旅行に行った。行き先は岡山県広島県(一部愛媛県)である。大きなテーマとしては瀬戸内の穏やかな海と島々を見に行くことである。最近仕事でも瀬戸内に行く機会が多くなったが、個人の自由な時間の中で、改めて瀬戸内の島々を訪問することにした。この期間は気温も高く天候にも恵まれ、イメージ通りの瀬戸内を体感することができた。

行程は、羽田から広島空港へ行き、レンタカーを借りて周遊。JR福山駅近くで返却し、福山から新幹線で東京へ戻ることにした。

詳細は以下の通りである。
広島空港→岡山県高梁市[宿泊]→新見市(通過のみ)→中国自動車道経由→広島市[宿泊]→呉市(通過のみ)→安芸灘大橋経由→大崎下島安芸灘大橋経由→竹原市(通過のみ)→大久野島大三島(通過のみ)→生口島[宿泊]→高根島→尾道市(通過のみ)→福山駅→新大阪→東京

高梁市だけ瀬戸内とは離れた場所にあるが、以前から訪問したいところであったため、この機会に行くことにした。

以下、写真とともに記録しておく。


広島行きの飛行機では左側窓から富士山が見える。雲は多いが富士山は美しい。


岡山県高梁市備中高梁駅周辺の古い町並み。ここの町並みは2度目の訪問になる。この酒屋で今夜飲む地酒として「備中たかはし」というのを買った。











同じ高梁市にある「吹屋ふるさと村」(合併前は成羽町)。高梁市中心部から結構山道を走ることになるが、何とも素晴らしい町並みがある。伝統的建造物群保存地区に指定されている。銅山とベンガラの町として栄えたところである。赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された町並みは美しい。それにしても人が少ない・・・


旧広兼家住宅。銅山と硫酸鉄の製造を営み、巨大な富を築いた広兼氏の邸宅。八つ墓村の映画のロケ地として使われた。確かに城郭のような大邸宅はどことなく恐ろしさを感じるような・・・



吹屋小学校(岡山県指定重要文化財)。2012/3に廃校になるまで日本最古の木造学校だったらしい。現在は耐震工事中。長い時間をかけて一度解体してくみ上げるらしい。中に入れなくてもいいので、そのままにしておけないものかと思うが・・・


同じく豪商 西江家の邸宅


途中立ち寄ったJR伯備線新見駅姫新線の起点駅でもあり、運転系統上は芸備線の起点でもある中国地方内陸の主要駅である。
新見経由で広島へ行くことにしたのは、帝釈峡に行くことも考えたからである。
しかしあまり時間がなかったこともあるが、雲行きが怪しいためにやめることにした。やめておいて良かった。途中の中国自動車道の標高が高いところでは雪が降りだしていた。雪用タイヤではないので、積雪すると極めてまずい。PAやSAまでたどり着ければいいが、それでもそこから身動きがとれなくなってしまう。
そんなことを思いながら急いで通過した。




広島市街地へ入ると、先ずは広島中央郵便局へ向かった。昨夜の宿で書き上げた年賀状を出すためである。最近はいつもこんな年末旅行で書いてから出すので、元旦に届くことはない。なかなか余裕をもって書けないというのは言い訳かもしれないが・・・
その後、広島平和記念公園へ行った。広島平和記念資料館は休館だったが、明日の元旦は8時半から開館するとのこと。通常の年末年始は休館らしいが、広島市によれば「正月休みの期間中に広島を訪れる観光客や帰省した人たちに対するおもてなしの向上を図ることを目的として試行的に実施」するとのこと。今までは開館していなかったのが不思議なぐらいである、これだけ外国の人が広島に来られているのに。という感じであるが・・・
最後の写真、観光案内所の方の親切な対応は大変気持が良かった。


広島市街地の交差点(十日市交差点)で見張り台?を発見した(函館市の2か所、鹿児島市などにもある)。



8時半の開館に合わせて広島平和記念資料館に行った。広島に来て時間があると、できるだけ立ち寄るようにしている。この日は訪問先が多く、あまりゆっくりはできなかった。資料館は全面リニューアルの工事中だった。観覧動線の変更と展示内容を一新するらしい。最終的な完成は2018年の春らしい。試行的に開館した日だからか?、NHKが観覧してる人にインタビューしていた。













呉市を経由して大崎下島を目指す。瀬戸内海の穏やかな海と島々を満喫するための訪問先の一つに選んだ。この大崎下島には伝統的建造物群保存地区(御手洗(みたらい)地区)がある。今回の訪問は3度目になるが、これまでの船での訪問ではなく初めて車で訪問する。橋でつながっている島なのでそれが可能になる。「安芸灘とびしま海道」というらしい。下蒲刈島上蒲刈島、豊島、大崎下島が橋で繋がっている(さらに先の岡村島まで)。みかんとレモンの栽培が盛んな島々である。元旦だからか、この御手洗地区も人が少なかった。







大崎下島から竹原市方面に行くには、フェリーに乗ってショートカットしたいところであるが、この大崎下島から大崎上島へフェリーで渡り、さらにもう一度大崎上島から竹原へフェリーで渡らねばならず時間がかかるので同じ道を戻ることにした。
今夜の宿泊地は、生口(いくち)島である。尾道から「瀬戸内しまなみ海道西瀬戸自動車道)」として橋でつながっているが、フェリーで渡ることのできる竹原市忠海港→大久野島大三島(盛港)のルートを選んだ。
途中の大久野島は昨年7月に訪問して以来2度目であるため、小一時間程度の立ち寄りとした。写真は巨大な廃墟として残る発電場跡と、フェリー乗り場付近のうさぎたち。毒ガス資料館は今回も訪問できず残念。


フェリーが大三島(盛港)に着いたときはすっかり日も暮れていた。「瀬戸内しまなみ海道」を走り、大きな橋を渡って、となりの生口島に渡った。








生口島の中心地である瀬戸田の街並み。現在は市町村合併広島県尾道市になっている。宿のお茶菓子に出ていた饅頭(瀬戸田まんじゅう)がうまかったが、偶然にも「しおまち商店街」にあるお店(向栄堂)で発見した。その後、平山郁夫美術館(生誕地)、耕三寺、向上寺の国宝三重塔などを見てまわった。





すぐ隣の高根島まで、2〜300m位だろうか。この海が川のように流れる狭いところは瀬戸田水道と呼ばれている(写真は高根島から生口島瀬戸田の町並みをのぞむ)。高根島に渡る黄色の橋があったので渡ることにした。小さな島なので一周してみた。集落はこの水道沿いのごく一部で、あとはレモンやオレンジが盛んに栽培されていた。


福山駅の新幹線ホーム。福山駅に向かう途中、訪問したことがない鞆の浦に立ち寄ることも考えたが、少し時間が厳しかったので断念した。


東京へ戻る途中、新大阪で下車。大阪での用件を済ませてから再び新大阪に戻り、東京まで新幹線に乗った。この日の夜は昔からの友人たちと遅くまで酒を飲んで、翌日に東京に戻るつもりだったが、その話が無くなったのでその日のうちに帰ることにした。
ところで、この新大阪から東京までの新幹線指定席は予約していなかった。自由席のデッキに立って帰ることを覚悟していたが、福山駅みどりの窓口の駅員の方に頑張って戴き、たまたま瞬時に空いた1席を確保することができた。


【2015年12月30日(水)〜2016年1月2日(土)に訪問]